作品一覧


絵本・童話

わが友ノーム

作: リーン・ポールトフリート
訳: 山崎陽子
出版社: 株式会社サンリオ(1996年発行)
定価: 1,733円(税込)


【コメント】

それは大型でずっしりした重い豪華な本だった。表紙には、老人の小人の前向きと後ろ向きの姿が描かれ 『GNOMES』というタイトルがあった。不思議な小人の表情に目を見はっている私に、遠藤さん(遠藤周作)はこともなげにおっしゃった。
「面白そうな本ですぞ。どうや、共訳してみる気はありませんか」
遠藤さんと共訳ですって?プロ野球の名選手に誘われた草野球の少年のような驚きに、どぎまぎしていると、悪戯っぽい目が嬉しそうに輝いて、
「ほうら、絵だって、この豊満な娘なんか、まるでキミがモデルみたいだもの」
開いたページには、娘盛りのノーム、とってもホッペタ真っ赤な98才、豊満というには、あまりに肉付きのよすぎる肥満体の小人が、目を伏せてはにかんでいた。
これが私とノームの出会い、1979年のことだった。
遠藤さんは後書きに「この本の自由奔放な空想力とイマジネイションは、すれっからしの我輩まで夢中にさせた」と書いておられるが、 見事な絵で克明に描かれたノームの生態に、私も、たちまち魅了されてしまったのである。
ところが手をつける寸前、留学中の私の長男が、大怪我するというアクシデントがあって渡米を余儀なくされ、私は、楽しみにしていた共訳を諦めた。 しかし、遠藤さんは、「締切は延期して貰うから、とにかく持っていきなさい。きっと何かの支えになるから」と、どうしても譲らず、私は、 この大きな本と寺地さん下訳を携えて、日本を離れた。たしかに最も辛かった日々、この本は、どれほど大きな支えになったことだろう。 どのページをどんなおもいで訳したか、今もはっきり胸に刻まれている。
四年後、二冊目の『秘密のノーム』に取り掛かった頃、私は義母の看病に明け暮れていたが、その合間を縫ってノームと付き合うことは、この上もない気分転換になった。
そして十三年たった今年(1996年)、サンリオの西村さんから、画家リーン・ポールトフリートの死去で絶筆となった最後の絵本も、遠藤さんと共訳してはというお話を頂いた。 遠藤さんのご病状は、思わしくないと伺っていたが、奥様とご相談の上承諾することに決めた。過去二回、 私の苦しかった時期に現れ、支えてくれたノームが、今度は、闘病中の遠藤さんの辛いお気持ちを、少しでも紛らすことになれば......そんな思いだった。
ノームの生態と歴史を詳細に描いた一巻目の『ノーム』、二人の著者が、ノームの招きをうけてノームの世界に足を踏み入れる『秘密のノーム』、どちらも根底には、 ノームの人間に対する深い愛、自然を破壊する人間への憤りや願いがこめられた長編だが、最後の一冊は、一人のノームだけについて語られた薄手の本だった。 ポールトフリートは、これから先、こんな風にいろいろな性格のノームを、一人ずつ取り上げていくつもりだったのだろうか。 それにしても、この絵本の主人公ときたら、何よりも休日や休みが嫌いで、旅行も嫌い、働いてさえいれば上機嫌、という性格である。 「人生は、沢山のチャンネルを持って生きていかなくてはね」と常々口にされていた遠藤さん。好奇心旺盛で旅行がお好き、 「遊びの達人」ともいうべき遠藤さんと、このノームは、愛称が悪いのではないか、私は不安になり私は何度も手を止めた。
しかし就寝前のひととき満足げに上手くもないツィターをかき鳴らし、旅に出なくても、友人たちから送られた絵ハガキをトイレの壁一面に貼り、 想像力で旅行気分を味わうノームの姿に、彼は彼なりのチャンネルを持ち、大いに楽しんでいるのではないか、 そして「ぐうたら」をご自分の代名詞のようにしていらっしゃった遠藤さんの、誰にも見せないもう一つのチャンネル、 仕事場に篭もられた時の真摯な一面が、このノームの姿なのではないかと思えてきたのである。そこで私は、 原作では1カットにすぎないネズミを語り手にすえ、本のタイトルを「わが友ノーム」とした。
九月二十九日に原稿を仕上げ、ほっと一息ついた四時間後、ご逝去の報が届いた。私は、ただ夢中で本と原稿を抱え、遠藤さんのお宅へ駆けつけた。 もはや見ていただけるはずもないのに......。
二度も私の辛い日を見守ってくれたノーム。そのノームを描いた画家も今はなく、ノームを愛し、ノームの実在を信じるとおっしゃった遠藤さんも、 天国に旅立たれた。ノームの本を開くと、恥ずかしがりのノームのしかめっ面に、遠藤さんの暖かい笑顔が重なる。

【関連作品】

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